暖かな破局:温暖化懐疑論に答える/下 毎日J

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暖かな破局:温暖化懐疑論に答える/下 利点よりもマイナス面大きく

地球温暖化は、単に気温が高くなるだけでなく、私たちの社会、経済という暮らしのシステムを根本から変えてしまう可能性がある。温暖化でどれだけ悪影響があるのか、利点はないのか、といった論争も絶えない。「素朴な疑問」に答える2回目の今回も、国立環境研究所の専門家に、温暖化に伴う生態系、経済、食糧、異常気象などへの影響について、解説してもらった。【温暖化問題取材班】

◇生物2~3割絶滅する?

Q 温暖化で生物が2~3割絶滅するのか?

A 2~3割絶滅する可能性が高いのは本当だ。昨年採択された国連「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第4次報告書は、温度が90年比で2・1~2・8度上昇すれば、21~52%(平均35%)の生物種で絶滅の危機が高まるとした。

生物の温暖化への対応は、主に(1)温暖化に適応した種が出現する「進化」(2)既存の生物の中で温暖化に強い性質を持つ種が対応する「順化」(3)生息域を変える「移動」--の3通りある。

地球の歴史に比べると20世紀以降の地球温暖化は「一瞬」の出来事で、長い時間がかかる進化で対応するのは難しい。また、すべての種が順化で適応できるわけではない。樹木など移動しにくい種も多い。

さらに生息域が移動できても、食物連鎖をはじめとする「生物間相互作用」が移動先で機能するかは不明だ。温度が1度上昇すれば、約300キロの移動が必要になる。仮に21世紀中に温度が3度上がるとすれば、生物は1年間に約9キロの移動が必要だ。一方、大ざっぱにいって、生息域を変えられる距離は平均すると1年に約1キロとみられる。差し引きすると、生物は1年に8キロずつ、気候変化に置いていかれてしまう。「移動すれば大丈夫」という意見には、そうではないと答えざるを得ない。<伊藤昭彦・研究員(植物生態学)>

◇食糧増産になるのでは?

Q 温暖化にも利点があるはずだ。例えば、食糧増産になるのではないか?

A 温暖化で利点が生じる場合があるのも確かだ。しかし大幅な温度上昇は、悪影響が利点を大きく上回ってしまう。IPCCの第4次報告書は「温度上昇が2~3度を超えれば、すべての地域で悪影響が利益を上回る」と結論付けた。

中・高緯度地方では温暖化で農作物の収量が伸びると予想されている。二酸化炭素(CO2)は植物の成長を促すため、濃度が上がればプラスに働くからだ。

人間社会では、寒さの厳しい気候から穏やかな気候への変化によって、死亡率の減少▽暖房のエネルギー減少▽地域によっては観光客増加--も予想される。

問題は、今の社会システムが、気候の安定的な継続を前提にして作られていることだ。温暖化で利点と考えられていることが、本当に利点になるかどうかも分からない。

例えば新たな耕作可能地域ができても、開墾や道路整備のコストや労力がかかり、利益になるかどうか分からない。台風や降水量の変化の影響も未知数だ。<高橋潔・研究員(温暖化影響モデリング)>

◇過度な対策で経済は?

Q 温暖化対策をやりすぎると、経済に悪影響を与えるのではないか?

A 温暖化対策が経済にある程度の影響を与えるのは確かだ。だが京都議定書の義務(日本は90年度比で温室効果ガス排出量6%減)を守るための対策をとっても、日本経済がマイナス成長となるような大きな悪影響はない。

国立環境研究所の03年の試算では、京都議定書順守のための対策をとると、とらなかった場合に比べ、国内総生産(GDP)は年間約0・06%、約3600億円押し下げられる。

一方、IPCC第4次報告書は、温暖化対策で30年時点の世界のGDPが約0・6%押し下げられるとした。しかし、これは温暖化の被害コストを考慮しない推計で、真の意味で損得は不明だ。第5次報告書では、悪影響による損失を織り込んだ経済シナリオを作成する方針だ。

重要なのは、長い時間をかけて徐々に温暖化対策を進めれば、1年ごとでは安い費用で対応が可能ということだ。例えば、省エネ機器は導入コストがかかる一方で、エネルギーコストは削減される。早期導入すればコスト削減効果が大きくなり、初期費用を回収できる可能性も高くなる。

逆に、短期間に対策を進めようとすると多額の費用を一気に投入しなければならず、本来なら生産投資や消費に回るべきお金も温暖化対策として使われるなど、経済への影響も大きくなる。

温暖化対策で打撃を被る産業もあれば、新たなビジネスチャンスも生まれる。20世紀まではCO2排出量と経済成長が比例する経済システムだったが、21世紀は両者を分離し、経済成長の仕組みを変革する必要があるだろう。<増井利彦・統合評価研究室長(環境システム学)>

◇異常気象は増えるのか?

Q 米国を襲ったハリケーン・カトリーナ(05年)や欧州の熱波(03年)など最近、異常気象が増えているように感じる。日本でも昨年、埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市で40・9度を観測し、74年ぶりに1日の最高気温を更新した。地球温暖化と関係があるのか。今後、異常気象は増えるのか。

A 高温や熱波、高潮などが増える可能性はかなり高い。台風やハリケーンの発生数は減るとみられるが、個々の台風は巨大化するおそれがある。

「異常気象」とは、人が一生でまれにしか経験しない現象で、短期間の大雨や強風、数カ月続く干ばつなどがある。個別の現象の原因を温暖化と断定するのは無理だが、関連性は推測できる。

例えば、日最高気温の記録は昨年更新されるまで、1933年に山形市で観測された40・8度だった。温暖化が深刻化する半世紀以上前のことで、熊谷、多治見両市の記録も温暖化との関連性を即断できない。ところが、日最高気温の10位までが記録された年を見ると、33年の山形市を除き、94年以降に観測されている。つまり、最近の猛暑は温暖化と関係していることをうかがわせる。世界でも同様の傾向があり、高温や熱波は増える可能性がある。

気温の上昇で土壌から水分が失われやすくなるので、干ばつの影響を受ける地域が増える可能性は高い。

台風やハリケーンの発生数が減ると予想されるのは、海水と大気上層の温度がともに上昇することで、空気の流れが安定するためだ。しかし、一度発生すると、海水温が高いためエネルギーが次々と供給され、巨大化する可能性がある。<江守正多・温暖化リスク評価研究室長(気象学)>

毎日新聞 2008年2月25日 東京朝刊