環境への“免罪符”か? 流行の「カーボンオフセット」を問う

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ニュース解説

環境への“免罪符”か? 流行の「カーボンオフセット」を問う

2008年6月23    (森 摂=オルタナ編集長)

近ごろ、「カーボンオフセット」という言葉をよく目にする。自らの活動で排出した二酸化炭素(CO2)を排出権の購入などで差し引きゼロにし、手軽にCO2排出量を減らせる手段として、企業の社会貢献の一環や商品の販促にも使われている。だが「オフセットの仕組みや価格が分かりにくい」「CO2を削減する努力をしないで、免罪符的に使われているのではないか」などの批判も聞こえてくる。カーボンオフセットを正しい形で社会に定着させ、本当にCO2削減につなげるには、何が必要なのか。

カーボンオフセット寄付金の根拠は?
埼玉県の中堅リフォーム会社、OKUTAは昨年12月、社会貢献事業の一環として、収益の一部を「カーボンオフセット」に寄付することを決めた。

だが今年3月にカーボンオフセットのプロバイダー(仲介業者)から送られてきた「証書」を読んだ山本拓己社長は、腑に落ちなかった。

証書には、支払ったお金がどこに寄付されるのか、記述がなかったからだ。その代わり、証書には「1トン当たり4200円」という価格と、次のような説明があった。

CER(認証削減量)は、CDM(クリーン開発メカニズム)から得られる、国連基準に準拠した排出権です。このオフセットに用いられるCERは、京都議定書における日本の温室効果ガス削減目標にカウントされます。

「国連」や「京都議定書」という言葉で、何となくお墨付きがあるような気がしてくるが、この説明だけでカーボンオフセットの仕組みを完全に理解できる人は極めて少ないだろう。

仲介業者のホームページなどでは、「カーボンオフセット」とは「ある行動によって生まれたCO2と同量の排出量を、別の活動によって相殺(オフセット)すること」とある。例えば、飛行機に乗って化石燃料を消費したら、別の活動として木を植えるなどしてCO2の吸収をするのが一例だ。
環境への“免罪符”か? 流行の「カーボンオフセット」を問う
個人や一企業ではこうしたオフセットを自分でするのは難しい。ならばお金だけを払い、CO2を吸収する行為そのものは誰かに代行してもらう──というのが、カーボンオフセットビジネスの考え方だ。

その根拠は、冒頭で紹介した「証書」にある通り、京都議定書だ。同議定書で排出権取引を認めたことを受け、2005年に欧州連合(EU)がEU-ETS(EU温室効果ガス排出権取引)制度を創設。これに基づき、ロンドンなど欧州各地に取引所が設立された。

いずれもCO2の排出権を取引する電子取引市場で、ロンドン金属取引所(LME)やシカゴ穀物取引所(CBOT)と同様の国際商品取引所の1つだ。07年のEU-ETS全体の取引量は世界のCO2取引総量16億トンのうち11億トンを占め、EUの価格が「世界標準」として影響力を持っている。

これらの市場は、京都議定書のCO2排出削減目標を達成できない国や企業が排出権を買うために存在する。これが「キャップ&トレード」という仕組みであり、CO2排出量を目標以上に削減できた国や企業は、剰余分を市場で売ることで経済的なプレミアムを得る。それがCO2削減のインセンティブになるわけだ。

CO2の取引はこれ以外に、国連の認証のもと、先進国が途上国でCO2削減を伴う事業を実施し、そこから生じる排出権を売買するクリーン開発メカニズム(CDM)もある。日本で取引されているカーボンオフセットの場合、むしろCDMが多い。

手軽でスマートゆえ人気だが不透明という指摘も
日本では、企業の社会貢献の一環としてカーボンオフセットを購入する動きが目立つほか、カーボンオフセットを組み込んだ商品やサービスも花盛りだ。

「カーボンオフセット葉書」(日本郵政)、「カーボンオフセット型お中元ギフト」(京急百貨店)、「カーボンオフセット付き修学旅行」(近畿日本ツーリスト)、「CO2排出権付き飛脚宅配便」(佐川急便)──。いま日本では毎週のように新しいカーボンオフセット商品が生まれている。カーボンオフセットは企業にとって、手軽でスマートであるがゆえに人気が高まっているようだ。エコブームで環境配慮型の商品が注目されるなか、商品の拡販や自社イメージの向上も期待できる。
だが、カーボンオフセットについては、さまざまな不透明性が指摘されている。

1)プロセスの不透明性

科学技術振興機構・研究開発戦略センターの安井至・上席フェロー(前国連大学副学長)は「CO2を売買する企業がどのような基準で運営されているのか。クルマやテレビなど実体経済の商品と違って、CO2の実体はないに等しい。そのため、本当に言い値ほどのCO2の吸収がされているのか、それとも適当なのか、よく分からない」と指摘する。

2)価格の不透明性

そもそもCO2排出権の末端価格がいくらなのか、どうしてこの単価になるのかという説明がプロバイダーや企業からあまりなされていない。いま日本でカーボンの「末端価格」は1トン当たり4200円であることが多い。だが、なぜ4200円なのかという説明はあまりない。上述のEU-ETSの6月20日現在の価格は27.55ユーロ(約4600円)。これに準じているということであろうか。

3)目的の不透明性

実はこれがいちばん重要で、なぜカーボンオフセットをするのか、という問題だ。そもそもカーボンオフセットは、地球温暖化を防ぐため、個人や企業がCO2排出削減に向けて最大限の努力をしたうえで、それができない場合に「やむを得ず」行うのが筋。カーボンオフセットがその免罪符になっている側面すらある。

先進的な環境経営企業として知られる池内タオル(愛媛県今治市)の池内計司社長も、安易にカーボンオフセットに頼る風潮に批判的だ。「お金を出しただけで簡単に『地球に優しい企業』になれるのはおかしい。自力で徹底的に減らし、それでも無理な部分をオフセットするべきです」

同社は2015年に「カーボンニュートラル企業」、つまりCO2の排出による地球環境への負荷をゼロにすることを経営目標にしている。2010年まではCO2を可能な限り自力で減らし、限界まで減らせたと判断した時点で、植林によるオフセットの実施を検討するという。

同社が07年にまとめた「環境ダイエット宣言」によると、生産段階でのエネルギーの節約だけではなく、「できるだけ自動車通勤から自転車や徒歩に切り替える」「社有車は最短ルートを走る」など社員の行動改革も求められる。同社は現在までに、1枚のタオルの生産に必要なエネルギーを99年比で2割強減らした。

まずはCO2削減努力ありき
環境省は今年2月に「我が国におけるカーボンオフセットのあり方について」という指針を公表した。そこではオフセットの広がりに期待感を示す一方で、多くの問題があることを指摘した。排出量の検証や、第三者による業者や行動の認証の必要性に加えて、「オフセットが自ら削減を行わないことの正当化に使われるべきではない」と指摘した。

何より、京都議定書の枠組みでは、第一約束期間(08年〜12年)のCO2削減目標を日本が達成できなかった場合、そのペナルティとして、日本は国内で排出権取引ができなくなる。そうなった場合、日本国内で今以上に排出権取引が活発化することは期待薄になる。

CDM(国連のクリーン開発メカニズム)などでの排出権の国別購入シェアは、05年は日本が46%でトップ。06年は英国がトップ(世銀調べ)だったが、それも日本への売却が目的のケースが多いとされる。つまり、CO2排出権では事実上、日本が最大の「お客さん」なのだ。お金の行き先は中国(61%)とインド(12%)で7割以上を占める(06年、世銀調べ)。

とはいえ、カーボンオフセットは地球温暖化を防ぐ上で、1つの有効な枠組みであることに変わりはない。京都議定書で規定されたCDMは、先進国の資金を発展途上国の環境対策に還流させるのが目的で、それ自体は有意義な存在であると言える。

上智大学大学院地球環境学研究科の藤井良広教授は「カーボンオフセットに使われるCER(認証削減量、CDMからのクレジット)などの場合、発電量が一定しない自然エネルギーが多く、計画通りのCO2削減を確保できるか必ずしも十分に保証されていない面もある。だからオフセットなら何でも大丈夫というわけでもない」と指摘する。

「そうしたリスクを分かった上でなら、基本的にオフセットは寄付で見返りを求めるものではなく、環境に対する自分の意志を明確にするものだから、それはそれで結構なことだと思う。少なくとも議論だけして何も行動しないよりはいい」(藤井教授)。

カーボンオフセットの将来のためにすべきこと
今後、カーボンオフセットビジネスを正しく社会に広めるためには、次の3点が求められるだろう。

1)アクティビティ(activity)

買うより先に行動を。池内タオルのように、まずギリギリまで自社でCO2の削減をおこなったうえで、どうしても達成が不可能な場合、もしくはカーボンニュートラルまで目指す場合にのみカーボンオフセットを使うという順序立てが望ましい。

2)アカウンタビリティ(accountability)

お金の流れに説明を。企業が自社商品にカーボンオフセットを取り入れる場合、CO2の購入価格や、その資金の行き先をエンドユーザー(一般消費者)に開示すべきである。それはカーボンオフセットの信頼性を築くために効果的だ。

3)サステナビリティ(sustainability)

継続的な社会貢献を。環境対策を一時のブームに終わらせてはならない。他社もやっているから、世の中ではやりだからという理由で参入するのはまだ良いが、ブームが終わったからという理由で撤退するのは、エンドユーザーや第三世界の人たちの信頼を失うことになる。

カーボンオフセットはCO2削減のために有効な手段であり、それ自体は意義があるスキームだ。だからこそ、企業や市民にきちんと仕組みを理解してもらうことが重要で、それができれば今以上に拡大するはずだ。

森 摂(もり・せつ)
雑誌「オルタナ」編集長。東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。流通経済部などを経て1998年〜2001年ロサンゼルス支局長。2002年9月退社。同年10月、ジャーナリストのネットワークであるNPO法人ユナイテッド・フィーチャー・プレス(ufp)を設立、代表に就任。主な著書は『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年10月)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年3月)がある。